山村の文化が息づく村
京言葉を連想させる方言をその訛りの中に含み、平家落人伝説の残るこの村は周囲を2千メートル級の山々に囲まれ、役場所在地の標高が940メートルという山間高地にあり、人口密度が日本一低い村であります。
わずかな耕地を耕しながら狩猟漁労に生活の糧を求め、厳しい雪深い山村に住み着いた先祖はどこから来たのでしょうか。
以来連綿と続く歴史の中で、手彫りの墓石や石仏を残し、260年以上続く檜枝岐歌舞伎を今に伝え、山人(やもーど)料理に代表される独特の山村文化を育んできました。
そして、わが国の経済発展は尾瀬を擁するこの山間の村にも恩恵をもたらし、多くの民宿や旅館が営業し、観光の村と呼ばれるようになりました。
しかしながら、長びく景気の低迷、少子高齢化、過疎化の波はこの村にも容赦なく襲い掛かっています。
昭和40年代以降40年間この村は外的要因によって大きく様変わりしましたが、幸い先人たちの知恵でバブル期にも安易に外資を入れることなく経過できました。もう一度昭和の30年代の田舎に戻り、自分たちの村を自分たちの手で作ってゆく道を選択したいと思っています。
観光が村の基幹産業であることに変わりはありませんが、都会に迎合するのでなく、畑を耕し、山の山菜を取って村流の料理を提供し、村の時間で山村の文化を感じていただけるような取り組みを進めて行きたいと思っています。
村民はこれまで以上に自然環境の保全と維持に力を注ぎ、自分の裏庭であるこの美しい自然を次世代に残していかなければならないと強く心に刻んでおります。